2013年10月アーカイブ

2013年10月10日

ちゃんと職業について考え始めた頃でした。大学時代

大学に入るとそれまでとは打って変わってバックグラウンドの違う

様々な人たちと出会う事が出来ました。

経済的に恵まれて、留学をくりかえす会社社長の息子さんや

奨学金とアルバイトでお金を稼ぎ、と根性でキャンパスライフを維持している同級生もいました。

英語をメインに扱う学部だったので、ハーフや帰国子女とも知り合いました。

そんな多くの人との出会いの中で

私が痛烈に感じたことは

「自分はこのままじゃだめだ」という事です。

今までのような「よくわかんない」みたいな事を言い続けていたら

あっという間に4年間が過ぎてしまって、後で後悔することになる。

いまだに将来何になりたいかはわからないけれど、できることは全部やっといたほうがいい

と思うようになりました。

今のままでは、どの会社の人も自分を選ばないだろうなという危機感も感じていました。

 

それからは意識的に自分の行動範囲を広げました。

資格もかたっぱしからトライしました。

どの職業に必要な資格かはわからないけれど、勉強を通して「向いてる」とか「こりゃだめだ」という

ような事が感じられたので収穫はあったと思います。

 

アルバイトもできる限りトライしました。

おそらく4年間で10種類以上のアルバイトを経験したと思います。

アルバイト代をためて留学、その繰り返しであっというまに4年間が過ぎたと思います。

4年間を通して、私はようやく将来につながる感覚をつかめました。

・人と接するのが好きだ

・じっとしていることは苦手だ

・パソコンは得意だ

・英語はやっぱり好きだ

・お金を扱うのは苦手だ

・体を動かすことも、大量に暗記をすることも苦にならない

この、自分の感覚と、4年間でとった資格を手に、就職活動を始めることとなりました。

「将来の職業・・・知らねーよ!」と荒れていた高校時代

高校時代も、将来の夢とは無縁の生活を送っていました。

「演劇部」に所属して、毎日それなりに楽しく高校生活を

送っていましたが、先生に将来の夢を聞かれるたびに困惑したというか

ストレスを感じていました。

 

将来の夢なんてさっぱり考えられなかった理由の一つに

「親の離婚問題」ってのがあります。

今では珍しくもなんともありませんが、当時はまだ結構めずらしく

 私の周りで、親が離婚をした子供は私だけでした。

親は自分の離婚とその後の生活の事で頭がいっぱいで

私の進路にまではとても気がまわらなかったのでしょう。

将来の進路について、真剣に話し合う事も一度もありませんでした。

将来何になりたいか?と親に尋ねられた記憶もありません。

私としては「実家から出る事のほうを望まれてるな」というような事だけを

感じ取っていました。

なので、とにかく県外の大学に進学することが第一の目標となり

なかばヤケで進路を決めたような部分があります。

高校ともなると、文系、理系にわかれた授業がはじまりますよね。

私の通っていた高校には、そのほかにも「英語系」「国公立進学系」「看護系」などという

非常に具体的なクラス編成がなされていました。

中には「親と同じく看護婦になりたい」、あるいは「警官になりたい」などと

具体的な目標をもって勉強を始める友人も出てきました。

進路指導でも、先生に具体的な希望を聞かれましたが私はとにかく県外の

大学の名前をならべてお茶をにごしていました。

うすぼんやりと「英語が得意かもしれない」という思うようになり

そちらに進路を決めました。

 

中学校に入って現実味が出て来ました(笑)

中学に入って後半になると

将来の夢がぐっと、現在の自分とつながって感じられるようになりました。

 

入学して1年くらいは、勉強よりも部活に夢中になってしまって

毎回の定期テストをこなすだけで精いっぱいだったのだけど

3年になる少し前あたりから、高校の選択がちらつきだします。

 

友達とも高校の進学について話し合う機会が増える中で

私が思ったことは

「ぼんやりしていても、皆なにがしかの考えを持っている」という事でした。

 

美容師になりたいから、本当は高校に行きたくないと言った友人もいたし、

はっきりと「英語の先生になりたいから、英語が充実している高校に行きたい」と

具体的なビジョンを語って私をびびらせる友人もいました。

だって私は、その頃相変わらず将来の夢も、なりたい職業も

なかったのですから。

皆そうだと思っていたのに、そうではなく、すでにキチンと自分の夢が

定まっている友人もちらほらいて、そのことで焦りを感じていたのを

思い出します。

そんな将来の夢を語る友人がいる傍ら、部活の勢いのまま

推薦入学を決める同級生もいて、

それはそれで「行くべき道が決まっている」ように見えてある意味

うらやましかったものです。

 

結局、私は自分の成績に見合った地元の普通高校に進学することに

決めました。が、その段階ではいまだに自分が理系か文系かということ

すらわかっていませんでした。

その頃の「将来の夢」という作文には「英語の先生」と書いていた記憶が

ありますが、そのために何か努力をしたような事は一切ありませんでした。

 

小学校時代、私がなりたかった職業

小学校時代になりたかった職業ってありますか?

私はありませんでした。

 

というか、この質問自体が大嫌いでした。

どの学年でも年に一度くらい、思い出したように

このタイトルで作文を書かされるんですよね。そのたびに急ごしらえで

将来の夢をでっちあげるのに苦労したのを覚えています。

はっきりいって、小学生のころなんて、毎日の遊びや友達の事で

頭がいっぱいで、大人になった時のことなど考えたこともありませんでした。

大人になる、ということがどういう事かもろくにわかっていなかったと思います。

低学年の頃、果物を食べたいがために「フルーツショップ」と

書いた記憶があります。フルーツショップが実はほとんど八百屋であるとか、

それ以前に、お店の人は決して売り物を食べ放題なわけではないとか、

そんなことは全然わかっていませんでした。

ただ、自分が好きな物が少しでも含まれていれば、それが夢の職業、みたいな

気楽な選び方をしていたような。。

でもそれって、今思えば子供っぽいのと同時に、職業選びの本質でもあるんですよね。

自分が好きな事と自分の仕事をつなげて考えられるというのはいいものです。

先生、というのも一つの職業なんだけれど そんな風に先生を見たこともなかったなぁ。

今思えばもっと色々先生の事も観察すればよかったなって思います。

将来の夢という質問にももっと真剣に答えてみればよかったなぁ~。

そういえば友達の黒田はそのころから「医者」と断言していたっけ。

彼は医者になったのかなぁ?

幼稚園児の頃の私の夢・・・

今からもうずいぶん昔の話になりますが、
幼稚園の頃をたまに思い出したりします。

「幼稚園の頃の記憶ってある?」

って周りの主婦の友達とかとお茶しているときなんかに話したりすることがあるのですが、
ほとんどの主婦トモは

「幼稚園の頃の記憶なんてないよ・・」

ってほとんど記憶がないみたいなんですよね。

ですが、

私はなぜか幼い頃の記憶ってものが結構鮮明だったりするんですよ。

で、

話はそれましたが、私が幼稚園児の時既に将来なりたかった夢があったんですよね・・。

何だと思いますか?

・・・

それが実は、お嫁さん!

wedding.jpg

いつも一緒に遊んでいるタカシくんって子がいたんですけどね。

その頃は、恋だとか愛だとかって全然よく分からない頃。

ただ、理由はよく憶えていませんが、「タカシくんのお嫁さんになりたい!」

って思ったことだけは今でもはっきりと憶えているんですよね。

不思議なものですよね。